〜公演を振り返って〜

このコーナーでは今まで鶴町美香が出演した越川大介氏の作品での想い出・ウラ話などをそっとみなさんに教えちゃいます。



ヤバイことしましょ! 」 2012.6.29〜7.8


国内では初めてのプチロングラン!
ストーリーはいつもに比べ、意外とシンプル!
舞台セットもギャラリーから下りた階段のみ!でも、それをシンプルと思わせない
ストーリー展開と演出で、洒落た作品に仕上げたボス渾身の一作。

今回も制作的、ステージ配置的に、制約がかなり多い中、作品お披露目でメンバ
ー一同が、ボスの頭の中を疑った…
どんな思考回路を持てばこんな作品が書けるのだろう…?

すると、ボス曰く、今回は一番楽に書けた。書き始めたら、筆が止まらなかったよ
…と。
益々の怪物ぶり。
お客様の声も大変好評で大成功!!

そして、この作品で今までと一番違ったのは…お客様の反応!
手を叩いて声に出して笑って見てくれている回。
息を飲んで静かに見てくれている回。

毎日、毎回、違う作品を行っているかの如く違うリアクション。これには最初戸惑いを感じました。
どうしても、お客様の反応にとても敏感に、左右される私達演者としては、昨日あれほど湧いていたのに、今日はあまりにも静かすぎる…間が違ったわけでも失敗したわけでもない…行きた心地のしなかった公演終了後、恐る恐るお客様に感想を尋ねてみると…笑うのをこらえるのに必死だった!ストーリーに引き込まれて真剣にみてしまった!……お客様の声はどちらも大いに楽しんでいてくれていたのでした。何だぁ〜〜ホッ
これを体験できたのは、この作品だったからなのか、プチロングランだったからなのか、未だにわかりません。

が、貴重な経験を胸に、客席が創るとされる30%に惑わされず、70%を完璧にゆるがない自信を持って仕上げる事が大切だと思いました。

…でも、やっぱり客席はいつでも湧いていた方がいいなぁ〜。静かだとドキドキするし…我慢する事ないですから……ねっ? 爆発しちゃいましょ?
ヤバイくらい……




       千秋楽…お疲れさまでした!


                本番前楽屋で…


            今回の戦場


The Joker」大阪 2012.2.17〜19


久し振りの大阪公演…でもD.K 単独では初めてなんです。大阪!
ちょっと意外な気もしますが…

いやぁ〜制作面では、準備にてこづりました〜!同じ日本なのに!言葉は通じ
るのに!
何が何だか、何をどのようにすればいいんだか…勝手が違って、まるで舞台初
心者状態
右往左往している所へ、大阪出身のナイスガイ…大垣さんが制作関係のサポー
トをかって出てくれました!
これには超感謝です。
彼の存在は大きかったです。
地元、大阪で頑張っている若手の役者陣も、受付や警官役としてお手伝いいた
だき、大変助かりました。
沢山の方のご協力で無事にやり終えた公演でしたが、それを国内外から観に来
て下さったお客様にも感謝しています。

東京、静岡、鳥取、福岡、山梨、香港etc…

初演・再演・再々演 とやってきた代表作の地方公演。
一番落ち着いていて良いはずなのに、超緊張!
笑いの本場、大阪だから?
何だか構えてしまったのか、調子が狂う…
今までで一番難しく感じた公演でした。
でも、終演後、お客様のお見送りの際、気軽に感想を言ってくれるのは、東京と
は違う所かな?
テンポ感がめっちゃ大阪向きだよ!とか ストーリーでこれだけ笑わせてくれる
のは見たことない!とか、むちゃくちゃ気に入ったと言ってくれてDVDを全種類買ってくれたりとか…
ホントお客様の率直な感想に勇気づけられました。
笑いの本場大阪でも、D.K のコメディは受け入れられたと改めて実感。
これからも東京だけには収まらず、どんどん国内各地でも、D.K 作品をお披露
目していきたいなと思いました。




        やっぱ大阪ですから!!


                死体と警官役


            大阪ゲストの久保ちゃんと!


              受付スタッフお客様


    打ち上げ!こんなに沢山の方が応援してくださいました。


 「Shake it up, Baby」 2011.11.17〜20    


……久し振りに劇場ではない空間での公演。実は私、こういった類いの作品が
大好き
何かとてつもない発想が生まれそうでしょ…
今回の聖地は、昔のキャバレースタイルで、ドアを開けた瞬間にステージ上の巨大スクリーンと、高級ソファが並んだ、今ではまず見ないだだっ広い客席が目に
飛び込んで来た。
面白い!! こんな場所が東京にあったんだぁ〜…しかも、今話題の韓流タウン新大久保!

私は一発で気に入ったのですが、ボスの反応はイマイチ…
確かにイベントを行うのであれば、楽しい事が出来そうな空間ではあるが、芝居となると……かなり制約が出来てしまう。う〜ん難しい…

メンバーの意見も割れ、なかなか先に進めない。
一時は、この公演、どうなってしまうのだろう?と大きな不安にかられたけれど、
ボスが書いて来た脚本は、見事にこの空間に合った、映像、音楽、芝居を融合
した楽しさてんこ盛りの作品でした!

ヨ〜イドン!で、楽器を買う所からスタートし、一斉に楽器を練習し、お祭り騒ぎ
は始まった。

聖地のオーナーも、私達のやりたい事に快く協力してくれ、見事ボスが頭に描いていた作品が実現した。
いつもの芝居にはない、撮影、ロケ、編集、演奏、歌、踊り……
全て自分達で行い、こなさないといけません。最後まで気の抜けない怖さがあり
ましたが、お客さんもドリンク片手におつまみ頬張りながら、リラックスして観る事が出来るこの空間ならではの演出を、存分に楽しんでくれている様子でした。
私達も客入れや客出しに参加する事が出来、そういった生のお客さんの声を聞けて、楽しいコリアンナイトを過ごしました。

今回出てきた「大人になっても、なりたい自分…」という台詞は、色んな意味で考えさせられ、心に響きました。




       D・K HOLLYWOOD オリジナルギターピック〜!


         TOKYO BackBreaker


                戦場の化粧前


     Winkやっちゃった……それが何か?


        安寿里奈→アンジュリナ→アンジェリーナ


             デカ箱ライブハウス・・・


           聖地で打ち上げ!!ドカ〜ン!


The Joker」 2011. 6.29〜 7.3    


待望の再々演!
この公演の初演は確か、14年前の6月……。まだスタジオがなく、あちこちの稽古場をジプシーの様に渡り歩いていた頃でした。
初のサスペンスという事で、誰もが必死でした。サスペンスは噛んでもつっかえてもおしまいだ!
全てが計画の演技でなければ、ちょっとしたハプニングもお客さんには意味を持った物と伝わってしまう。と教えられ、セリフの一つ一つをトーンから徹底的に叩き込まれた。
稽古場では真剣そのもの。……本番に入り、役者一人一人が自分の供述がちゃんとお客さんに伝わるように…それだけを心がけた。
皆が無我夢中でやった結果、会場は爆笑の連続!サスペンスの中の笑いって、こんなにデカいんだ…って驚きました。

その作品の再演!…何を隠そう劇団メンバーの外谷さんとヤス(大崎)は、この作品をお客さんで観に来ていて、D.K に入って来た。凄くやりたかったし、そのタイミングをどこかでずっと図っていた。その時が来たのです!
でも、面白い作品だとわかっているからこそのプレッシャーもかなりな物だった……キャストも、ボスと私とマコ以外は全員入れ替え。不安は山の様…

初日の幕が開き、その不安はお客さんの笑いと共に飛んで行った。
作品に向かい合う稽古場は真剣そのもの。お客さんを目の前にして、初めて手応えを感じる。
その快感が一番大きいのがサスペンスなんだと…再認識!
間違えてはいけない、楽しんではいけない…という抑えが、快感を大きくするのでしょう…。

この作品の持つパワーはやっぱり凄かった!!!




                       舞台セットの模型


      恐い女達に囲まれたヒロイン……


        ドッキドキのオープニング!


           楽屋前で…怪しすぎる黒装束


 「HURLY-BURLY」 2010.10.15〜17


なんと今回、D.K HOLLYWOOD 新国立劇場、初進出!!
舞台の使い方にも頭を悩ませました。悩んだ挙句ボスから出たアイデアは…
舞台の上に客席を作ってしまおうと…
さすがの新国立でも、かつてやった事のない初めての試み。これも、今回の内容ならではのメインの一つとなりました。

ストーリーは、ここ何回か続いたNY物。
でも今までとは違い、ギャングやジャズの時代、ローリングトゥエンティではなく、現代のNY
この作品の私の第一印象は、昔のD.Kの作品ぽい…懐かしいな…でした。
最近はどちらかというと、華やかで派手なエンターテイメント的な作品が多かったのですが、ほのぼのしていて、でもその中にギュッといろんな物が詰まっていて、ホロッとするような作品…好きだなぁって思いました。

それに、今回の台詞には、実際に私達がNY公演で感じた想いだったり、みんなで一緒に行った場所、お店等の名前が入ってたり、今回の舞台の一つ‘Theater for the New City’も実際に私達が公演をし、お世話になったNYの劇場の名前でした。
小道具にもこだわっていて、何回か出てきたコーヒーの紙コップ。これも当時NYのデリでコーヒーを買うとほぼ80%がこの紙コップだったというほど…映画とかでも良く見かけ、ボスが気に入って前にNYの友達に送ってもらった物を再現。
それぞれの鏡前に飾ってあるポストカードやフライヤー等もNYで集めていたもの。
お客さんにはわからない所で私達の沢山の思い入れがあったのです。


それに加え、今回はボスの愛娘のデビュー
これには劇団員一同あたふた致しました。娘といっても4月にスタジオに入って来たばかりの新人。いわゆる大抜擢。
大抜擢といっても新人は新人。教えるべき事は教えなければと気合い十分。
稽古が始まると、台詞憶え良し!活舌良し!度胸あり!……無惨にも私達の意気込みは空振りに終わってしまいました。

そんなこんなで、今後の彼女に大いなる期待を抱きつつ、焦りも感じながら私達の大騒動は幕を閉じました。




         千秋楽後、楽屋前で…終わっちゃった〜


           偉大な新人現る〜


                 リアル楽屋


          新国立のTheater for the New City


              遠慮深い共演者達…


 「Zip-A-Dee-Doo-Dah」 2010.6.16〜20




今回のこの公演、ちょっとしたサプライズがあったのです。
実は、「12番街のラグ」を観た人にはわかる続き物でした。勿論、今回だけ観ても、思いっきり楽しめる内容でしたよ。でも、続き物はD.K初!!

心なしか、ニューヨーク物はテンポが上がる。
そして、DKのニューヨーク物に欠かせないのがダンスとギャング…
今回も、おバカっちなギャングにホラ貝で必死に立ち向かうジャック、グランマ、サムのシーンは大絶賛でした。

夏にダンスの集中稽古はまじ大変!着替えを何枚用意すればいいの?状態。嫌でも痩せざるを得ない…はずが、最近どんな状態であれ思うようにコントロールが効かない……

役柄は、HOLLYWOODの映画スター、キャロル・バーネット。ある程度の減量は必要でした…。アメリカ人、露出度が違います。ドレスは隠れるかと思いきや、体のラインが出るし…ごまかせない〜

前回の「HOTEL501」でも女優役でした。女優役が続き、なかなか厳しくもありましたが、日本とアメリカ・東京とハリウッドの差?何となく夢の世界…あまりリアルではない分、やりやすかったかな?でも普通ではない所の出し方に悩みました。

エイベックスとのコラボという事で、今まで共演した役者陣とは違った風に悩まされもしましたが、ある意味新鮮な刺激を受けた稽古場でした。




        ブロードウェイ対ハリウッド


              本番直前 幕中で!


             二大怪獣


          今度はゴールドで…


HOTEL 501」 2009.12.25〜28


今回のこの作品、「HOTEL501」は、DKにとって物凄く歴史があり、秘話の最も多い作品で、どの作品よりも思い入れがある特別なものです。

それもそのはず、この作品が、それまでプロデュース公演を行っていた「ちびっこギャングシアター」から、劇団として活動するに至った記念すべき第一作なのです。

この作品の成功によって日本各所からのオファーをいただき、劇団として順調な滑り出しが出来たのです。

もちろん公演の回数も公演場所も最多。
そのころは稽古場ももちろんなく、世田谷、中野、渋谷の公民館をジプシーのように回り、固定客もなく、宣伝活動等何をどうやればいいのか全てが手探り状態。
地方での公演もマイクロバスを借りて、交代で運転しながら夜中に出発、朝一で現地に着き、そのまま仕込み・本番・・・・という過激なスケジュール。
それでも誰一人文句や弱音を吐かず、常に楽しい何かを求め、がむしゃらに突っ走っていた・・・・。


それから15年・・・・途中何度も再演の声が上がり、やりかけはしたけれど、メンバーの移り変わり、タイミングが微妙に違い、本公演再演には至らなかったのです。そして、15年の歳月が流れ、そのタイミングが来ました。


私の中で一番大きかったのは、以前中津川さんがやった役をやらなければならなかったこと。
「悪い奴ら」での花岡美里もそうでしたが、今回はそれとは意味が違うのです。

この作品、今までは役者はみな本名で登場していました。
中津川浩子役は中津川さんしかありえなかったのです。
他の役はかなりの入れ替えがあったりしてきましたが、私にはかなり大きなプレッシャーでした・・・・・・・が、意識せず、私なりに頑張りました。


今後も、色々な境遇にさらされると思います。
他人を気にせず、自分らしさ、私にしか出せない何かが持てるよう、頑張っていきたいと思います。


今回劇場に足を運んでいただいたお客様には、私たちの歴史の一遍を観ていただいたようで、なんだか嬉しく思います。
アンケートに、初演の501も観てみたかった・・・との声も沢山ありました。
次回の作品はどのようなものになるのか想像もつきませんが、私たちの歴史の一つになるのは確実です。見逃さないでくださいね。


それでは6月、シアターサンモールでお会い出来ることを楽しみにしています。




        犯人はだ〜れだ!




12th Street Rag −12番街のラグ−」 2009.7.8〜12


今回は内容もセットも大掛かりな作品でした。

D.Kでは珍しい休憩ありの2幕物。久しぶりのヅラ!初金髪!
そして回った回った何がって舞台ですよ、セットですよ
しかもこれは劇場に備え付けの設備ではなく、元の舞台を全面ふかして作りあげた代物。凄いでしょ?

セットが回るって事はセットの後ろにもう一つセットが隠れているっていう事で、倍の広さが必要なのです。もちろんD.Kのスタジオには一つ分のセットしか組む事が出来ず、セットが回るシーン毎にセットを組み変えての途切れ途切れの稽古しか出来なかった為、苦労しました〜。

止めずに通せたのは本番数日前の大きいスタジオに変わってからの事。
意外とバタバタだったのです。

それと今回あまり目立たなかったかもしれませんが一番最初にオファーがかかったキャストは、なんとメンバーでもなくゲストでもなく「トンプソン・サブマシンガン1921シカゴタイプ」と言われるガンでした。

台本を書き上げると共に、ボスから一斉にこのガンを手に入れろとメールが・・・この作品の内容、時代設定上このガンでなければダメだと・・・でもこのガン、今ではもう製造中止になっていて、持っている人はマニアだけ。
ネットで調べてもたまに出た物が数十万円・・・
全員で一斉に調べまくった為需要があると察知したのか、数日後からネットでチラホラ情報が出はじめ数万で手に入れる事が出来た。

本当に目立たないけれどかなり重く、重厚感たっぷりのこだわりの小道具だったのです。
(どの場面に出て来たかな?誰が持っていたかな?気付いた人には拍手〜


老舗、俳優座初進出という事もあり気合いを入れ、皆さんの応援を受けながら、無事大好評に終える事が出来ました。

終演後いつもより脱力感が増し、社会復帰にいささか苦労致 しました。



        シャーリーですっ!            許して〜マランツァーノさん!!


              トンプソン君


「FLY ME TO HEAVEN」 2008.12.5〜8


実はこの作品、知る人ぞ知る思い出の作品なのです。

2004年、私達が初めてNY公演を行った前年、NY公演の為の資金集めの一環として、スタジオにて約2ヶ月の間、週末だけウィークエンドシアターと称して行ったものでした。

場所は赤坂。
赤坂といえばホッピーさんの地元!ってな事からホッピーさんご協力の下、ホッピープレゼンツが実現。レッドシアターという初めての劇場。最近富に人気のある劇場で私達が借りようとした時、約2年先まで埋まっていた。たった4日でも借りられたのが奇跡。

そんな事で、仕込みにあてる余裕な時間はない。劇場に入った日が本番初日となる。
その緊張感ったら・・・・・でも劇場を初めて下見した時、この作品をやるにあたり、ぴったりな空間だと思った。
作品的にもラッキーな事に、仕込みはそれほど大掛かりなものでもなかった。
仕込みも間に合い、空間と観客がうまくまとまった作品に仕上がったのでは?と、思っている。

赤坂という街にも劇場にもちょっとはまってしまった。



「We are the Sperm Cells」香港公演 2008.10.24〜25

香港での公演は海外では最多の3度目。「We are the〜」に関しては2回目となる。

この作品、国毎、回を重ねる度に演出を変え、生まれ変わる。

最初この作品を海外にかけた時、英語のナレーションが入るため、世界中どこでも通じる作品であったはずだった。でも、やっていく内に、その国の文化や習慣等を取り入れる事で、観客への伝わり方、反応が違って来る事を感じた。

香港もNYと同じ人種のルツボ。全ての観客に英語が通じるとは限らない。
観客は大きく分けて、香港に在住している日本人、欧米人、そして現地の香港人etc・・・今まで通り英語のナレーションを使い、私達は日本語の台詞をしゃべる。後は、英語が通じない現地の香港人をどのようにフォローするかであった。

香港のスタッフからの強い希望もあり、広東語の字幕を使う事になった。字幕を使うのは後にも先にもこれがはじめて!生の舞台で字幕を使うことは、観客が芝居より字幕に追われてしまう事もあり、最後の手段であった。
ただそのことで、本番中とても面白い現象に気付いた。それは、観客の笑うタイミングでどの国の人だか、どこら辺に座っているのかがわかってしまう事だった。最初に香港人が字幕で笑い、欧米人がナレーションで笑う、そして日本人が台詞で笑う・・・。これは本当に面白い現象だった。

その他、香港のように大きな舞台だからこそ出来るイントレを最大限に使い、それプラス移動イントレを使ったパワフルな演出・・・2回目に行った作品ではあったが、新作と思えるくらいの新鮮な公演となった。



「Chapter 0」 2008.8.5〜10

  

この作品はD.Kでは珍しく、大掛かりなセットを組み、舞台をいっぱいに飾った。
本番前の最終リハーサルまでこのセ ットでの練習は出来ない。
時には予定の間で目的の位置まで辿り着けなかったり、ハケ切らない、間に合わない等の問題も多少出てくる。

一度のリハーサルで全てを修正し、本番ではバッチリとタイミングを合わせなければならない。いつもと違う距離感にハラハラドキドキ。
そして今回のように、頭の中の妄想と現実・・・を現すような内容で、恒例のダンスシーンもなく、ストーリー重視の作品は当日、お客さんの反応を見るまでこの作品がお客さんに伝わったのか伝わらないのか全くわからないのです。
つまり、スタッフやキャストはもちろん、一度でも台本に目を通してしまうと内容や結末を知ってしまうので、もう新鮮な判断が出来なくなってしまうのです。

そんな中迎えた緊張の初日、静かに始まるボスのファーストシーンから客席に笑いが・・・・セ ット裏で待機している他の役者達にもそれが浸透し、やる気と緊張がみなぎって来る。

終演後、お客さんの評判も大変良く、この作品はお客さんに伝わったんだとほっとし、劇場ロビーで初日の乾杯をし、ご機嫌に解散。

翌日、早い時間にボスからキャストとスタッフに招集がかかった。
なんと作品の手直しをすると言う。
お客さんの笑いや評判に動じる事なく、ボスの見ている所は更に上を目指していた。

そしてこの作品からDVD発売が決定!



舞台袖からバラシ前の最後のショット


誰の家?


公演後記 「We are the Sperm Cells‐精子特攻隊‐」  2008年5月8日 0:01
韓国公演 2008、2/1〜29
ついに、韓国ロングラン公演実現に至った!

初めて2006年の暮れに韓国を訪れ、舞台を見た時のお客さんの反応が熱く、この地でやりたい!と思ったのが最初のきっかけでした。

それから半年、何事もなく流れ、夏に私たちの作品に興味を持った人が現れたとの連絡をもらい、その人に会いに韓国へ。私たちの公演を受け入れ、協力をしてくれるとの約束をしたものの、約3ヵ月音沙汰がなく、振りだしに戻るのかな?と思われた10月、劇場を決めたいから韓国に来てくれと・・・慌ててボスと韓国へ飛び、劇場の下見をし、名乗りを上げてくれたYTエンターテイメントと契約をして帰国。
決めた公演日は2月だった。なんと準備期間はたったの3ヵ月!しかも、その間に私たちは11月に3週間に渡る非常口での公演を控えていた。

12月に入り、韓国サイドの準備と同時進行で私たちの稽古も始まった。もちろんそこには、D.K応援団の心強いサポートがあったからこその実現だ。

あっと言う間に、韓国での記者発表会の為の渡韓の日が来た。
初めての記者発表会、本公演の劇場下見、舞台セットの発注、ナレーション録りetc・・・
私たちの挑戦は始まっていた。
時間がない中、本公演の作品を約20分のダイジェスト版で、記者会見用に創らなければならず、かなりの重荷にはなっていた。
ところがそんな苦労もなんのその、緊張の中初めて迎えた記者発表会は、物凄い盛り上がりで終わった。

さて、本公演は・・・約20分のダイジェスト版と違って約1時間30分の公演ではストーリー性が重視され、あらゆる対策はとったものの、やはり言葉の壁がたちはだかった。
一ヶ月のロングランを活かし、大改革を試みた。長く続く日本語の台詞を変え、韓国で流行っている言葉を取り入れ、郷に入っては郷に従えの精神で作品を変える事に成功、韓国に入ってからでなくては出来なかった韓国バージョンが出来上がった。

韓国スタッフの話ではD.Kは数々の記録をネット上に残していた。
年間約1900の作品が行われ、常に1900がランキングされるソウルのサイト(そのほとんどが3ヶ月以上のロングラン)で初日から約一週間で50位以内にランキングされ、最終的には30位以内に食い込んだ。
ブロードウェイミュージカルが上位を占め、韓国の作品が競いあっている中、日本のオリジナル作品が入ってくるのは正に快挙であり、しかもその時ランキングされていたものは全て半年以上のロングランをやっていて6年かけてやっとランクインしたものもあると・・・
韓国はネット社会で、私たちの知らないところで一種の社会現象を起こすほどの話題性を持っていたらしい。初日一週間目のまだお客さんが寂しかった時期に公演を一ヶ月追加してくれと言われた訳がやっとわかった。

近いのにNYよ りも香港よりも勝手が違った韓国公演。
後半の“これこれ、この客席の反応が欲しかったぁ〜”という希望通りの歓声をいただけた事が最高の喜びでした。

長〜くなりましたが、ここでおまけの“日本と違う公演に関わるサプライズ、ベスト5!!”パフー

第5位
韓国の人はベタなドリフ的笑いが大好き!

第4位
めちゃくちゃ寒い日やサッカーなどの試合がある日は劇場からお客さんが消える!

第3位
公演の後アンコール公演という物がある!(本編のパロディだったりダンスだったり・・D.Kの場合、本編に絡んだハングルでのショートコント&超売れっ子ワンダーガールズの歌踊りボーイズ編)

第2位
公演のチラシ等がゴミになっていたらその公演をする側が罰金を払う!

第1位
徹底したファンサービス!(D.Kの場合、韓国スタッフの意見で公演終了後写真希望のお客様一人一人とステージ上で写真を撮った。毎回8〜9割のお客さんが並んで待っていた。)

でした。
同じアジアでありながら言葉の通じ方、公演のやり方の違い等一番遠く感じた韓国公演でした。

韓国公演ハンボンド〜



公演後記・・・「非常口 強制終了」  2008年4月6日 14:19
2007.11 今回で2度目の会場となった非常口。
お店のスタッフはとても協力的で、何とも言えないこの空間!劇場でやる作品とは全く違い、より身近な題材で、観客巻き込み型というのも非常口ならではのテイストになっている。ロングラン公演が出来るのもこのスペースならでは・・・
そして、この作品で私、人生初のウェディングドレスを披露してしまいました!!恥ずっ!いくら役といってもこればかりは違うもんですね。でも私の友達たちは、何故か喜んでいました・・・・それって・・・・

「出口なし!」ではラジオ番組の公開生放送の現場。
「強制終了」では結婚披露宴会場という全く異なったシチュエーションでの作品となった訳ですが、次の非常口での公演は?・・・・やっぱ非常口三部作として完成させなきゃ!っていう声があるとかないとか・・・制約のあるスペース、限られたシチュエーション・・この中で次なる題材はもうないだろう!という噂もあるとかないとか・・・・

まぁ、それはそのご案内が来た時のお楽しみ!という事で「非常口 強制終了」お疲れ様でした〜!!



公演後記−香港−“Good Time Bad Timing”  2007年12月31日 23:46
2年振りの香港公演。
勝手知ったる・・・とは言うものの、作品、会場が違うとまるで私たちの経験は役に立たない。
しかも、小道具・衣装から何から現地で調達する事になっていた。これに関しては物凄いストレスを感じた。それに今回の公演はスタッフ なしで役者が入れ代わりわり立ち代わり音響・照明等もやるという、かなり精神的にはハードなものでした。

不安を抱えたまま香港に到着。
すぐにでも会場に入り確認したい事が山ほどある。
天井が高く吹き抜けのような空間なので声が何処まで通るのか、稽古場とは全く違う距離感の中での芝居、出ハケが間に合うのかetc ・・・しかも前回は外人のお客さんメインだったが、今回は香港在住の日本人のお客さんがほとんど。言葉の壁はないものの、それはそれで微妙なバランス。

リハーサルを何とか終え、ハラハラドキドキのままいよいよ本番。

始まって3分。会場から私のいる控室までお客さんの笑い声が聞こえて来る。
やった!芝居はいい感じで進み、抱えていた不安の一つ一つをクリアしていった。
緊張がほどけた頃 、3回の香港公演は幕を下ろした。

とても好評で、公演終了後のお客さんとのパーティーは盛り上がり、お友達も出来、後日首席領事等が参加するパーティーにも招かれました。凄いねDK!

来年の香港公演、そして何より香港の皆さんにお会いする事が楽しみです。



「悪い奴ら‐SAGA‐」(遅ればせながら・・)公演後記  2007年10月5日 1:20

「悪い奴ら‐SAGA‐」「悪い奴ら」・・・この作品も常に新作をやり続けているD.Kの中では珍しく、10年の歳月をかけ、‐痛快男列伝‐、‐SAGA‐と、サブタイトルを変えながら進化していった作品です。

それに、私にとってはとても特別な作品なのです。

というのは、D.Kの創立メンバーである私は、幾度となくやって来た再演の中でも、最初にもらった役以外は演じた事がなかった。が、この作品に関 しては再々演の今回、初めて自分の役を離れ、別の役を演じる事になった。

初演・再演はボクシングトレーナーの北島愛役。
そしてチャレンジしたのが2代目組長の華岡美里役。
前回この役を演じた中津川さんと比べられる不安と、愛ちゃん役を渡したくないという思いと・・・なかなか複雑でした。

その時、意外と助けになってくれたのが母の箪笥の中身。
組長役って言っても・・・衣装はどんな?どうすれば?状態の時、出てくる出てくる。着物、毛皮、レザースーツetc・・・私はたまに役柄を考える時、まず始めに衣装を考え、そこからキャラクターを発想したりする場合があるので、これにはかなり助けられました。
衣装全6回の衣装替、全てに母の若かりし頃の品を散りばめさせていただきました。(とは言っても、母は別にそっち方面に関係していたわけではありません)

てなわけで 色んな意味で思い出深い作品になりました。
終わってみると組長役、またやってみたいかも?

オープニングダンス


クラブのダンサー?


2代目、華岡美里



非常口 出口無し!」公演後記  2006年12月22日 23:10

今回の公演「非常口〜」いろいろな面で思い出深い作品となりました。

まず、劇場ではなくBarでの公演であったこと。
以前ニューオータニ内のBarというかショーパブ?で゛イタリアンナイト ゛と名打った公演を行ったけれど、それは芝居ではなくショーというか、「ダンスとコント」という感じだったので、内容を作ってしまえばさほどリハーサルにてこづる事はなかった。
でも芝居、しかもBar全体を使うとなると見切れ、舞台となる場所の距離、同時進行等様々な問題が・・・

それと実際のお客さんとの距離。
まぁ近いこと・・この緊張感ったら平常心じゃいられません!
それに加え、この作品、ボスが口立てで台詞を付けるところから始め総制作時間がなんと2週間ちょっと!
この迫り来る時間との闘い、このドキドキ感。
全ての緊張が本番で相乗効果を呼び、なんともいえない空気感が生まれた。

終演後にそのままお客さんや見に来てくれた友達と飲むことが出来た事もGOOD、非常に楽しい時間を持てた気がします。

個人的には今回のこの公演大好きでした。
出来ればまた再演したいです。

役者の名前にちなんだオリジナルカクテルやオリジナル料理を出してくれたり、あらゆる面で協力してくれたBar「非常口」のスタッフにも感謝します。

ありがとうございました。



「Soul Shakespeare」公演後記  2006年7月19日 21:22

今回の公演、NYと香港の海外公演を終えた後の初めての公演とあって何をやるかが今後のD.Kにとってかなり大きな要でした。


そんな今年の初め、

  夏の公演はシェイクスピアをやろうと思うんだけど・・

と、ボスの一言。


それを聞いて、シェイクスピア嫌いだった私なのに、

  それいいかも!

と何故か大賛成でした。


今までD.Kがやった事のないジャンル。
それに大介さんの書く本が通り一辺のシェイクスピアであるわけがない。
一体どんなシェイクスピアになるのだろう?
正直、やる楽しみよりそっちの期待の方が大きかった。


そして大介さんは本を書く準備を始めた。


なかなか手こずっているようだったが、何日かしたある日から急に筆が進み、アイデアが湧き、一気に書き上げた。

  シェイクスピアが降りて来た!と。


後で聞いてビックリしたのだが、ちょうどその日がシェイクスピアの誕生日であり命日の4月23日だったらしい・・・


4人のゲストを迎え、そんな感じで始まった今回の「Soul Shakespere」
やはり期待通り、いやそれ以上に通り一辺のシェイクスピアではなかったこの作品。いかがでしたでしょうか?


全公演キャンセル待ちの大盛況ともなり、D.K HOLLYWOODの新しい代表作になるでしょう。



「LOST and FOUND」  2005年9月19日 14:47
1年振りの新作、それも私の好きなサスペンス・コメディ!でした。
NYでの公演を終え、残務処理に追われながらの公演準備、そして稽古。
正直このスケジュールでの新作は果たして出来るのか・・不安がありました。人間切羽詰まると出来るもんですね?湧くもんですね?底力が。もちろん最も大変だったのは座長だったと思います。頭を切り替え、まっさらな紙に一つ一つ小さなブロックを組み立て、何度も壊しながら一つの大きな作品を作らなければいけないのですから・・それに、今回のサスペンスはそんじょそこらのサスペンスとは違い、オープニングから映像を駆使し、サスペンスなのに案内人が現れストーリーや役者に駄目だしをしながら作品を転がしていくという、斬新な内容でした。
そしてサスペンスの楽しさは、お客さんが犯人を当てられずやられたぁ〜っ!って悔しがってる瞬間を見た時、思わずにまーって笑いが・・・座長いわくサスペンスを創るのはとても大変らしいのですが・・・
またサスペンスをリクエストしちゃおうかなっ!その日をお楽しみに〜!


NY公演後記  2005年3月23日 18:40
四年の歳月を経て実現したNY公演。
メンバーより一週間先にNY入りし、がむしゃらに宣伝をし、雨の日も雪の日も動ける限り動いた。
でもその努力もメンバーが来てからの路上パフォーマンスにはかなわなかった。ありとあらゆる広場に出現しては大段幕を広げ一見、忍者スタイルの出で立ちでパフォーマンスをして去って行く。これは外国人の方達に非常に興味を持っていただき、日に日に私達の存在はニューヨーカーに植え付けられていった。
お揃いのジャンパーを着て歩いているとHey!SPERM!などと声をかけられたり、昨日あそこでやってたでしょ、次はどこ?友達から噂を聞いてたよ。等フレンドリーに声をかけてくれる。

NYでのタイトルは「BOILER MAKER」改め「We are the Sperm Cells」となんとも攻撃的なタイトルだ。ニューヨーカーはこれにも度肝を抜かれたらしい。路上パフォーマンスをしていて、イタリアの雑誌の編集長、ラジオ局、テレビ局のプロデューサー、新聞の取材、カメラマン、様々な人から声をかけられ、本当に多くの人達との出会いがあった。
だが、初日が近付くにつれ、疲れからか寒さからか、体調を崩し寝込む者、最終リハーサルで次々に怪我をする者が出たりで不安は募った。ニューヨーカーの私達の公演に対する反応も想像出来ず、幕が開くまで緊張と恐怖で胃が痛んだ。それもつかの間、幕が上がり微笑んでいるお客さんの顔が浮かび上がった瞬間、全ての不安が吹き飛んだ。そしてニューヨーカーの笑い声の大きさにこちらまでつられそうになった。一人だろうがなんだろうが全く躊躇しない。本当に自由だ!そして楽しみに 来ているというのがこちらにも伝わって来る。
初日が開けてからは怪我をする者もなく、順調に進んだ。そして私達の路上パフォーマンスも公演最終日まで続いた。
話し好きのニューヨーカーにもらった本当に多くのコメントは何より勇気を与えてくれ、宝物になった。

NY公演無事成功!
大成功と言わないのは、公演が終わってからも問い合わせがあり、まだまだ見てもらいたい人達が山のようにいて、完全燃焼出来ずに終わってしまったこと。それが出来ていない今まだ私達のNY公演は終わっていない。完全燃焼を目指し近い内に又NY公演を仕掛けるでしょう。
NY万歳!そしてやっぱりINY!!


BOILER MAKER公演後記  2004年8月5日 4:38
前回に引き続き、公演が終わると、これでもかと言うほど慌ただしく公演決済をし、NYへ視察に行く。
というのがお決まりのコースになりかけてはいますがなんだかこのプロジェクト、だんだん大きくなり、今では終わりのないものにも思えてきました。
思い起こせば、この「BOILER MAKER」という作品に出会ったのは6年前、D.K HOLLYWOODとしては初のOFF OFF公演と称し、小さな劇場、低価格、限定500名様に送る・・・といったある意味ファンクラブに捧げる感じのマニアックな企画からでした。
この時の稽古初日、伝説の越川氏一人本読みの際、やたら言い訳ばかり言っている越川氏。
一体どんな作品なのか期待せず聞こうと生意気ながら思った2時間後、ものすごく妙な感動、そして大きなショックを覚えたことを思いだします。
それから国際フォーラムでの再演(東京都主催のエキサイティングシアター2000に選ばれた)今回の東京芸術劇場での再々演と回を重ねる毎に大きく、よりエンターテイメントに見事にこの作品は生まれ変わっています。

そしてNY公演へ向けてどのような変身をするのか?
逆境に強い越川氏、言葉も 環境も違う土地での勝負、どんなアイデアが飛び出すか?期待大です。


GOTCHA公演後記  2003年12月8日 0:14
『GOTCHA』終演!そしてNEW YORKへ・・・!
公演が終わり、事務処理に追われる中、ホッとするのもつかの間ゆっくり公演を振り返るよりも先に今、N.Yの地に立っている。いよいよD.KのN.Y公演に向けての劇場探しのためである。着いた翌日、早速その意味も含め、ブロードウェーミュージカル、そしてオフ・ブロードウェーでパフォーマンスを観てきた。改めて生の舞台の素晴らしさを実感し、ふと『GOTCHA』を振り返ってみる・・・本番中は怒濤の日々が続き、感覚も特別で冷静に物事を考える事もできず、ただひたすら舞台の興奮の中にいたように思う。
今このエンターテーメントの聖地、NEW YORKの地に立って、自分たちD.K Hの、小さいけれどその素晴らしさが、改めて実感として感じられる。連日の満員の客席から沸き起こる大爆笑の波、新たな役所に苦しみながらもチャレンジしていく私、それをともに支え、一緒に作り上げていく仲間達、そして訪れる千秋楽・・・カーテンコールの拍手の中で、トランス状態の充実感と、他では味わえない感動、興奮・・・・つくづく思います、芝居という世界に魅せられて、私は変わった・・・とっても・・・。
今、NEW YORKは吹雪の夜が明け、嘘のように晴れ渡り、雪でかすんで見えなかったこの街の輪郭が、しっかり見えてきました。
久しぶりのNEW YORK・・・『GOTCHA』を終えた私、放電しきった私の乾いたエンターテーメント魂に、きっとこの街は優しく充電してくれるでしょう・・・ふ〜、さっ歩こう!